隠しきれていない。

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 しかし、今回は涙の意味がまったく違い、とても生暖かく、ゆっくりと頬を伝っていくのが、まるで体にまとわりついているように思えて、急いで顔を洗うと、鏡に映るのは老いた自分の顔。  「あたし…。 自分の顔嫌い。」  急にこみ上げてくる悲しみを、下唇に力をこめて踏ん張ると、エプロンで漏れた涙を吹き上げて、午後の家事に移っていく。  『今晩は遅くなる』  無機質な画面から、視覚的な情報が流れてくるが、私はそれを情報とではなく、ただの(ドット)として受け取り、画面を暗くすると、テーブルに置いて夕ご飯の準備を進める。  今日は揚げ出し豆腐と、最近特に肉が食べれなくなり、ヘルシーな食事が増えたが、余った油で天ぷらを数種類揚げる。  一番得意なのは、シシトウとエビで、エビはきちんと尻尾を開きながら油に入れている。  シシトウは熱で甘みがまし、揚げ過ぎると、風味も味わいも極端に落ちてしまうが、それを見極めるのが最初はできなかったが、回数をこなすうちに段々と上達していき、今では旦那の大好物の一つでもある。  揚げ出し豆腐の出汁はきちんと鰹節からとっていて、一番出汁をベースにした特製のタレに浸し、更に銀餡(ぎんあん)を上乗せするのが、我が家流。    それがいつもの私の味、しかし今日はなぜか上手に作れなかった。     
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