姿なき声

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「あぁ。泥だらけ……」   泥で汚れた掌を、 ドレスの泥の付いていない部分で拭いて、 お行儀が悪いと思いながらも 裾を捲り上げて顔を拭う。 そして再びじっと見つめた。   しかし、 傷のようなものはどこにも見当たらない。   もちろん、 あの激痛がまぼろしだったかのように、 今は痛みも感じなかった。 唯一、 転んだ際に打ち付けたらしい膝頭に、 じくじくとした痛みを感じるくらいだ。   とっさに握った枝がどれだったかは分からないが、 その辺りの木の枝をいくつか指先で確認しても、 トゲがあるような樹木は見当たらなかったし、   もちろんトゲがある木の枝を掴んだところで、 先ほどのようなことにはならないだろう。 「本当に変だわ……」 リリアは頬に手を当てて首を傾げた。 すると 再びあの声が語りかけてきた。 『……出し……げて……』   今度は先程よりずっと 鮮明に頭の中に滑り込んできた。 「……誰か……居るんですか?」 思わずそう問い掛けたが、 返答はない。   リリアは辺りを探るように、 きょろきょろと視線を動かしながら、 再び足を進めた。
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