森の中の館

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しかし、湯が流れ出る音は耳に心地良く、 さすが自慢の温泉というだけあって、 次第に心身の緊張が解れていく。 傷には少々沁みるが、 慣れてしまえば何てこともない。 (気持ちいい……あぁ、 このまま朝まで眠ってしまえたら どんなに幸せかしら)   高級な石鹸の甘い残り香に包まれて、 今なら素敵な夢が見られそうな気がする。 恐怖に戦きながら 真っ暗な森の中を彷徨っていたことや、 現実として受け止めるには あまりにも残酷な出来事の数々が、 楽しい夢にすり替わってくれるなら どんなに良いだろう。   望むだけ無駄だと分かっているのに、 そう願わずにいられなかった。 明日になったら、 またあの森を一人で彷徨しなければならないと 分かっているのに――
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