森の中の館

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傷に軟膏を塗ってもらった後、 落ち着いた茶系の家具調度品で整えられた 客間に案内されたリリアは、 テーブルに湯気の立つスープと、 見るからにふかふかで柔らかそうで、 食欲をそそる焼き色のついたパンが 用意されているのを見て瞳を輝かせた。 「うわぁ。美味しそう」 「うふふ。 けれどその前に御髪を綺麗にしましょうね」   垂涎ものの料理を眼前に、 しかし身体は鏡台の前に引きずられていく。 「あぁ……アンナ様……」   洗いっぱなしだった毛髪を 丁寧に梳かして油を塗り、 見違えるほど艶々になったそれを、 アンナは鼻歌を歌いながら 手馴れた手つきで結っていく。 きゅるきゅると音を立てて 空腹を訴える腹部を両手で押さえながら、 リリアは恨めしげにその様子を 鏡越しに見つめていた。   ところどころにリボンや石の髪飾りを 編み込むといった凝りように、 食事をして寝るだけなのに そこまでしなくてもと思ったが、 ゼルラーデルとはまた違った意味で、 他者に口を挟ませない貫禄を持つアンナに、 おとなしく従うより成す術はなかった。
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