ズルファウスの領主

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取り立てて広くもなく、 かといって狭くもないゼルラーデルの私室は 静寂に包まれていた。   書棚や机といった家具類は どれも古い時代の物のようだ。 しかし、 丁寧に使い込まれ手入れをされてきたそれらには、 元来の素材の良さと相まって、 急ごしらえでは決して作り出せない趣がある。   世襲という慣例に頼らず、 実力のみでズルファウス一帯の領主となり、 爵位まで手に入れた彼が、 仕事以外のことで唯一こだわりを見せたのが この部屋だった。   とはいえ華美な装飾が施されているわけではなく、 絵画の一枚さえ飾られていない。 それでいて殺風景な印象を与えないのは、 重厚な意匠の施された上質な家具や照明が 彩りを添えているからだろう。   油で磨き上げられ 艶を放つ机に向かっていたゼルラーデルは、 訪問者の気配を感じとって 羊皮紙の上を滑らせていたペン止め、 視線を扉へ向けた。   彼の部屋へと近づく二人分の気配は、 おそらくアンナとあの娘だろう。 
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