00.記憶

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07.安否 避難所の中で錯綜する情報。 よくは覚えていないが、とにかく知っている場所が津波で飲まれたとか、すぐそこまで津波が来ているとか、そんな感じだった気がする。 不安にかられた俺は父親と連絡を取ろうとした。 父親の携帯に何度も何度も電話を掛ける。 繋がらない…… 当時、父親は海の近くで仕事をしていた。 あの人の性格ならば、間違いなく真っ先に水門を閉めに向かい、自分が避難するのは二の次にしてしまうだろう。 “お願いだから無事でいてくれっ” そう願いながら何度も何度も父親の携帯に電話を掛けた。 何度目かのコールの後、奇跡的に電話が繋がった。 「もしもし!」 「あーやっと繋がったか!」 「今どこ!?無事なの!?」 「今、お母さんの病院に来ていて今は家に向かってる」 その当時、母親は難病を患い家から離れた病院に入院していた。 それを聞いて、仕事場ではない場所に居る事が分かりとにかく安堵の息をつく。 「お前、今日は家に居るのか?」 「今日はバイトは休みだから家にいたけど、避難所に避難して来た。そんな事より、こっちに来ちゃダメだ!津波が来てるらしいから!」 「分かった。とりあえず、こっちも物凄い渋滞で車が進まない。とにかく、俺もお母さんも無事だから大丈夫だ。皆の事を頼むぞ」 そんな会話をして電話は切られた。 後日談となるのだが、その日、父親は普通に仕事があった。 そしてその日、どういう訳か“たまたま良い苺が手に入った”。 『たまたま良い苺が手に入ったし、腐りそうだからその日のうちに母親のお見舞いに持って行こう』 そう考えた父親は本当に“たまたま”その日は病院に行っていたのだそうだ。 “たまたま手に入った良い苺”のおかげで。 そして“腐りそうだから”という単純な父親の思考回路のおかげで。 父親の命は救われた。 俺は今でも真面目にそう思っている。 “たまたま手に入った良い苺”に俺は今でも本当に心から感謝している。
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