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それである日、自分を飴にしてほしい、って子が現れた。ばあちゃんは、にこっと笑って、いいよって答えた。
「え、その子どうなったの?」
もちろん、その子味の飴ができたよ。ちゃんとできたか確かめるために、その子はそれを舐めて、それでその子は自分のことを忘れちゃった。
「記憶喪失、みたいな感じ?」
そう。その子はもう自分に関係することだけ、すっかり忘れてしまった。だから、友達の名前とか、その子が何を好きか、とかは完璧に覚えていたけれど、その子が自分の友達ということは忘れてしまっていた。だから、友達たちはその子が自分を忘れたことに気がつかないままにその子と別れた。
「ええ、怖い。その子、お家に帰れたの?」
もちろん帰れなかった。
でも、その子は最近たまたまそのおばあちゃんと再会したみたい。
そこまで話して、もうそろそろ授業の始まる時間だと気づく。がりり、私は棒付きキャンディを噛み砕く。辛かったその飴はすぅっと溶けていき、酸っぱさが口の中に残る。
私と優ちゃんは、講義室に走る。隣同士の席に座って、ほっと息をつく。
なんの話してたんだっけ?首を傾げた私に、優ちゃんが真面目な顔で、ポケットから手鏡を出し、私に見せる。
「何これ。」
私の顔には苦労じわがいっぱい刻まれていた。
「薫ちゃん、人生は舐めちゃいけないね。」
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