たとえどんなに

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たとえどんなに

翌朝起きて嫁に「おはよう」と声をかける。 俺も嫁のほうは見ないが、嫁もまた俺のほうに目をやることもなく「おはよう」と感情のない挨拶を返してくる。 軽い朝食を済ませ、車に乗り込む。 エンジンをかけると、最近気に入って聴いていた西野カナが流れ始めるが、今日はなんだか歌詞がすごく染みてくる。 清々しい気持ちにはなっているが、西野カナのメロディラインは少しだけ感傷的な気分にさせる。 しばらく車を走らせていると『たとえどんなに』が流れはじめてきた。 『君からもらった幸せはずっと 心の中で輝くの 忘れないよ いつかこの声が きっと届くと信じて』 …この声は届くのだろうか。 可能性は低くても、諦めたわけではない。 ただ今は退く時だ。 奇跡を待つ、そんな心境だろうか。 …一日で恋して、一日で振られて、一日で立ち直る。 あっという間の短い恋愛だったが、久しぶりにトキメキを与えてくれた。 会社までの道中、山間部を抜け、そこに時々美しい雲海の景色が拡がることがあるが、今日はなんとまた綺麗な雲海なんだろう。 西野カナで再び哀しくて虚しい気分になりかけていた心が少し晴れ渡る。 美しい雲海の風景で気持ちを新たに、今日という一日がまたはじまる。 もうすぐ琴美と共に働く職場だ。 俺はきっと、何事もなかったかのように振る舞うことができるだろう。 きっと。
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