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「っと!」
掛け声とともに、大理石のテーブルの上にお湯が入ったボウルを置く。さっき苦労して刻んだチョコを、別のボウルに入れて氷水の入ったボウルも並べる。
温度計よぉし、流し込む型も横に置く。生クリームはまだ冷蔵庫の中。香りづけのラム酒も並べて準備万端、ゴムベラ構え。水が大敵って本に書いてあったから、器具は特に気を使わないとだ。僕は詰めが甘いって、日頃からよく言われるから特に注意しなくちゃ。否定出来ないのが辛いところ。しょんもり。
今からなにをするかっていうと、チョコレートのテンパリング。簡単に説明すると、チョコをツヤツヤにする作業ってやつだ。
テンパリングがなんのためにあるのかって、知ったのは伊万里と付き合うようになってからだ。街でも評判なチョコレート専門店のショコラティエである彼に教わって、僕も最近簡単なチョコなら作れるようになった。
それまではなんでこんなことやってるのかなんて知らなかったし、そもそも興味自体なかったんだけど。温度を上げたり下げたりとか、チョコってそれだけで美味しくなるんだね。ただ、それだけってのが、すごく難しい。
元から甘いものは好きだし、お菓子もたまに作ってたけど、チョコがこんなに繊細で手間がかかるものだったなんてびっくりだよ。チョコレート専門店のチョコがお高い理由がよくわかった。
つやつやした、目の前にある大理石の冷たい表面をなでる。調理台が大理石なのは、素材の温度を上げないため、だったかな。さすがショコラティエのキッチンだと思うだろうけど、残念ながら、伊万里がここでチョコを作ってるとこを見たことないんだ。ほんと残念。
本人曰く、誰よりチョコレートを愛してる自信はあるけど、家でまで付き合いたくないだとか。なんとなくわかる気はするかな。僕も家でまでコード見てたくないし。
テンパリングって、動画とかでよく見るのは大理石の台のにドバーッと広げるやつで、楽しそうだから僕もやってみたい感はあるのだけど、素人じゃ目で温度管理なんて無理だから、大人しくお湯と氷の入ったボウルを使う。
べっ、別に最初に伊万里に教えてもらう時、
「ふぅん?」
って、鼻で笑われたからじゃないんだからねっ。……うん、笑われた。散々コケにされた。くそう、五つも下のくせに。ムカつく。
チョコをかき混ぜながら、一人毒づく。
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