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くすくすと、楽しげに笑う彼が手にしているのは、僕の眼鏡だ。べっとりとチョコがついてて、なるほど。道理で前が見えないと思った。
「なんでって、仕事が終わったから光速で帰ってきたんだけど」
「でも、打ち上げとか」
「行ってきたよ。付き合いで一杯だけ呑んで、可愛い恋人が待ってるからって帰った」
「えっ? えっ?」
「もう、和泉ってば、ほんと分かりやすい。なんでそんなに可愛いかな」
伊万里はそう言って、僕の頬をペロリと舐めた。
「doux」
ふわりと緩む目元に、僕の顔が熱くなる。正直まだ頭の中が上手く接続出来てないんだけど。
「今日一緒に過ごしたいって、言ったの和泉でしょ。和泉は恥ずかしがりやだから、そんなの言われたの初めてで、すごく嬉しかった。俺今日はそれ思ってすごく頑張ったんだよ。和泉にいっぱい褒めて貰おうって」
「え? うん、すごいよ伊万里は。いつもだけど」
こないだ街の情報誌にお店の特集があって、新進気鋭のショコラティエってインタビューもされてたし。写真写りもすごく良くて、思わず三冊買って永久保存決定だし。
「ほんと? 嬉しいな」
そう言って手を伸ばして、抱き寄せようとする伊万里を、思わず僕は手を伸ばして阻止した。
「汚れるよ」
あからさま不満げに眉を寄せる姿も男前だけど、僕今チョコまみれなんだよ。シワひとつないスーツが汚れちゃう。
「ただでさえ和泉不足なのに、そんなに魅力的な格好して。もう、今すぐ和泉を抱き締めて補給しないと、俺もう限界なんだけど」
「なっ、なにが限界なんだよ!?」
ていうか、僕かなりみっともない格好なんだけど。頭からチョコが流れて来てドロドロだし、被ったままのボウルもお間抜けだし。もしかして伊万里って、美的感覚壊れてない? ショコラティエなのに、それ致命的じゃ。
今気づいて慌てて頭からボウルを取ったら、更にチョコが流れて来て酷いことになった。
髪をかきあげたら、手にもべっとりついたよ。うわぁ……。
「なにって、色々」
「色々じゃないでしょ! なに帰って来てるの!?」
ボウルをテーブルに置くと、力が入ったのか、思ったより大きな音がした。でも伊万里は気にしてないのか、唇に手を当ててなにやら考え込んでいる。やがて小さく首を傾けた。
「ダメだった?」
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