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少女と『海』
気持ちのいい冷たさが段々と足にまとわりついてくる。
梅雨真っ只中の海には彼女以外の人影はなかった。
それでも彼女は突き進み、いよいよ足が付かなくなりはじめると、全身の力を抜いて海に身を預けた。
彼女は海とともに生きてきた。この港町は彼女が生まれ育った町だ。この町の燈台も砂浜もそして、この海も、彼女のゆり籠で遊び場だった。しかし、それも今日までのことだ。彼女は明日、許嫁の男と結婚させられ、この町から都会の喧騒へと連れていかれる。漣の声の届かない都会へと。
「ここに来て、こうして居られるのも今日までか。」
彼女は空に向かって呟いた。その呟きは彼女の独白のはずだった。
「何故、浮かない顔をしている。」
その声は彼女が身を預けている水面から聞こえた。
「明日、私の結婚式なの。」
「何と、めでたいじゃないか。あんなに小さかったお前がもう嫁げるような歳になるなんてなぁ。ヒトの成長は早いものだ。」
「おじいちゃんみたいなこと言わないでよ。」
「お前に比べたら年寄りさ。」
彼女に話しかけてきたのは『海』だった。
「嘘つき、『俺』と同い年のくせに。」
彼女はパシャリと海を叩いて言った。
「『昔』は、な。今はお前はヒトで、俺は『海』だ。」
「偉そうに言うなよ。『俺』を置いていったくせに。」
海が一瞬にして凪いだ。
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