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ホン「ふふひほがぁほほけへるお」
ゴグル「えっ?食べながらモゴモゴ言っても分からないよ」
ホンは立ち止まり振り返る。今度は彼の足元を指差しながら、「靴紐がほどけているよ」と言った。
「あっ、危ない危ない。ありがとう、最近よくほどけるんだよね」
「そんなんじゃ、春から心配だわ」
「どうして、ホンがそんなに心配するのさ?」
「だって、撮りたい被写体を探して、重たい写撮機を担いで、山やら谷やら川やら海やらに行くんでしょ?」
「まぁ、そうかな」彼はホンの視線を避けるように、数軒さきに見える靴店の看板を見上げた。その視線を今度は追いかけるように、ホンが無言で靴店に入っていった。
(なんだ、用事って靴店だったのか)とゴグルが彼女の後から店内に入る。
すると、店主はホンではなくゴグルのそばに寄ってきて、ふいに足元に屈みこむ。
「はい、靴を脱いで。かわりにこれを履いてみて」と新しい薄緑色の靴紐のない靴を床においた。
「これは、どういうこと?」彼自身も2人のどちらに話しかけたのか分からない感じで言った。
「わたしはね、前から、絶対に紐なしの靴の方が向いていると思っていたの。動きやすいし、ほどけた靴紐に引っ掛けて転ぶこともないでしょ」
「うん、サイズはいいようだね。ちょっと歩いてごらん、つま先の具合やどこかあたって気になるところはあるかい?」と店主が割って入ってきた。
「大丈夫みたいね。さぁ、これで春からは思う存分に歩いて写撮をしてください。その前に私へのお返しもよろしくね」
ホンは春から絵の勉強のため、ゴグルは写撮影機の勉強のために、この町を離れる。それぞれに新しい町での暮らしがはじまる。
「もうお腹いっぱい。これあげる」
ゴグルは食べ残った厚熱サンドを受け取る。もう温もってはいなかったが、一口かじると冷めていても美味しかった。
「君たちもこの靴のように大人になっていけるといいね」と店主。
「どういう意味ですか?」
「紐がないからほどけることがないってことだよ」
「でも、紐がないなら結ばれないってことでもあるんじゃないの?」とホン。
ゴグルは黙ったまま、厚熱サンドの最後の一口を飲み込んだ。店の外ではさっきよりつよく雪が降っていた。
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