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よくよく考えてみれば、俺だって先輩の部屋から逃げ出した。そして先輩も追ってこなかった。先輩との時とは違う。あんなにいっぱいしたのに、諒ちゃんの心に俺は少しも残ってないの? そう思うと悲しかったけど、現実を受け止めないといけないんだろうな……。
フラれちゃったって。
でも、そんな簡単に切り替えられるわけない。
朝も昼も夜も、電車だけじゃない、仕事で運転中も、街中でも、休みの日に遊んでいても、気付いたら諒ちゃんの姿を探してた。
「困ってないかな」
俺のバッグの中にはいつも、メガネが入ってる。メガネ屋で千円で買ったメガネケースに入ったメガネ。細いフレームのメガネ。
俺、メガネ掛けないけど、デザインかっこいいし、きっと高いんじゃないかな?
耳に掛けるツルのところには『R.NISIHARA』って彫ってある。
――西原です。西原諒太。
心もとないぼそぼそと話す声を思い出す。
彼が俺の部屋へ残したのは、紙切れ一枚とこのメガネだけ。
目が悪いくせにメガネ忘れるなんて、よっぽど動揺してたのか、エッチのし過ぎでクタクタだったのか……。
寒い冬に、凍えそうに震えて弱った諒ちゃんと出会った。
もう春になっちゃったよ。 桜……満開だなぁ。
信号待ちの交差点。
ハンドルを握りながら、歩道の大きな桜の木を見上げてため息をついた。
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