第一章

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「歩ける?」  俺の問いかけに、サラリーマン君はボソボソと言った。 「……口……気持ち悪い」  だよねぇ。吐いたから顔色は若干戻ったみたいだけど……。  「トイレ行こう」  サラリーマン君を改札横の男子トイレに連れていく。手洗い場までフラフラと辿り着いたと思ったら、サラリーマン君はヘナヘナと膝を落とし、手洗い場のへりに腕と頬を引っ掛けた。冷たいだろうにノーリアクション。  目、開いてないし、力尽きたって感じ。 「水、飲んだほうがいいし。口もゆすいだら? あ、寒いけど顔も洗った方がいいかも……」 「……ん……」  ダメだこりゃ。  俺はハンカチを出して、水道で濡らした。  うう。水冷たいっ!  濡らしたハンカチでサラリーマン君の口の周りをフキフキする。冷たさに意識が戻ったのか、サラリーマン君が目を開け俺を見た。焦点合ってないけど。 「ほら、水。うがいできるよ」 「…………」  俺の言葉にサラリーマン君は重そうに身体を起こした。後ろから腰を持って身体を支えてやる。  白い洗面器に片手を突き、サラリーマン君はもう片方の手で水をすくい口へ運んだ。何度か口をゆすいで、その後に水分補給もしているみたいだった。これでシャキッとしてくれたらいいけど。 「……さむい……」   お口をすすぎ終えても、しゃんとできないサラリーマン君。今度は寒さに身を縮めて震えだした。俺はハンカチの乾いた部分で、濡れた手を拭いてやる。濡れたハンカチをスーツのポケットへ突っ込み、もう一度サラリーマン君の腕を肩へ回し、腰を支えた。  トイレから出ると駅はすっかり落ち着きを取り戻していた。駅員さんたちの姿もない。みんな通常業務に戻ってしまってる。  ……あうー……。
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