1.膨らみ続ける水海

1/2
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ

1.膨らみ続ける水海

 道沿いに聞こえる小川のせせらぎ。せせらぎを安らぐと人は言うが、止まることのないそれにはむしろ焦燥を抱く。常に先へ先へと行く気配。それならいっそ遠くに行ってしまえばいいのに、こちらが追いかけてくるのを待ち構える存在。せせらぎに引きずり回されて、追いつくことはできない。その度に味わう。留めることができない挫折感。それは、身投げへの欲求を誘う。  水は、腕を伸ばしてくる女のようだ。こちらがその腕を掴もうとすると走り去り、少し先で手を振っては、来るのが遅いと文句を口にする。早く早くとせがむ女を可愛がることができるか? 無理だ。あの女はこちらがどうなるか知っているというのに!  それでも逆らうことができず、離れることもできずに女を追う。呪わしい身だ。離れることができないのを悟って、抵抗しない選択を仕方がないものとして受け入れている。それが身を滅ぼすと予感しているのに。  やがて水量が増し、女が騒がしくなる。女が三人集まれば姦しい。水が集まれば石をも削る。水は勢いをつけて、水海へと注がれていった。最後の大きな音は笑い声か、断末魔か。目の前の水海は、先ほどまで騒がしかった女と思えないほど、沈黙を保っている。 大量の水のにおいは女の香水のにおいだろうか。甘ったるいような、生臭いような。湖畔に寄せては返すさざ波から漂ってくる。こちらの様子を窺うように、近寄っては逃げる。気づいていないとでも思っているのだろうか。それとも挑発なのだろうか。水海はじっとこちらを窺っている。さざ波のひそひそ声。水面の好奇心を宿した反射。教室の後ろで繰り広げられる噂話のようだ。ただし、噂の対象は自分である。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!