i.つづら折りの坂

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 目を閉じて。坂を下る。重い体を引きずって一歩ずつ、音は遠のいていく。何度も曲がる道を何の頼りもなく行けば、身体を押さえつける力は爪先から徐々に失せていく。爪先から足首、膝、腿、腰、腹、胸。手先から手首、肘、腕、肩、首、顔。頂点まで達したところで「私」の輪郭も消え失せた。渦巻くのは「私」だった粒ばかり。坂を粒子が下る。粒子が逃げようとする。粒子が集まろうとする。やがては原子核の周囲を飛び回る電子のように、ぐるぐる回る。まるで球だ。球、眼球、目玉、目。  ただの目。ここにあるのは「私」ではなく、ただ景色を捉える目にすぎない。もし何かが芽生えたとしても、それは残像でしかないだろう。何かが芽生えかけたとき、坂の終点へと辿りつく。  目を開けて。重力を取り戻し、光が溢れる。重く、眩しい。身体の震えを自覚した瞬間、重力が圧し掛かる。感覚が戻ってきたことに慣れてしまえば、知らないはずの景色があった。坂は終わっても道は続いている。
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