何事も。

2/8
前へ
/29ページ
次へ
 彼女がぼくに何も話さないこと。そのときはなんとも思っていなかった。  赤の他人なのだから話せないことの一つや二つ、いやそれ以上でも、あってもおかしくはないからだ。ぼくだってある。  でもそれはぼくの勝手な価値観で、何を間違えてしまったのか、どこで間違えてしまったのか。何が正解だったのか。  今となってはもうわからなかった。  帰り道が同じだから、彼女とぼくがどちらも帰宅部に分類されている以上、帰りに友達と寄り道して帰るなんて青春をしなければ、ほぼ必然的に帰りは一緒になってしまう。  彼女の唯一くらいの友達であるるみさんはハンドボール部に所属している。運動神経がいいのにりんねが運動部に所属しない理由をぼくは知らない。  るみさんがりんねを部活に誘っているのを見たことがないから、彼女はその理由を知っているのかもしれない。  今は二人になるのが気まずい。なんとなく、彼女がぼくを避けている気がするから。  自意識過剰だろうか。そんなことはないと思う。理由としては、彼女がぼくをいじめて来ないからだ。  そのことに関してはるみさんも言っていた。 「どうしちゃったんだろうねぇ、りんりんは」と。  りゅうへいはなんとも思わないらしい。それはそれでいいのだ。彼らしさが出ているから。  前を歩くのはりんね。  ぼくはトラウマからなのか、りんねの前を歩けない。何かされるんじゃないかという恐怖を常に背にするなんて地獄の沙汰だ。何もされないと思う今でさえ、その恐怖は無意識にぼくを彼女より後にさせる。  ただただ歩いているだけ。それでも怖いくらいなのに。  帰り道も登校するときと基本的なことは同じ。  りんねが隣の席のぼくを見てにっこりと笑ったり、靴箱で待ち伏せたりしていたり、ぼくの鞄を持って走りだしたりしない限り一人で帰る。  まぁ彼女と出会ってから一人で家に帰った記憶はほとんどないけれど。  だから一人になると、隣に空いたスペースがふとした瞬間に気になってしまう。  角を曲がるとき、車が通ったとき、扉をくぐるとき。  いつのまにかぼくの世界には確実にりんねの居場所があって、それをぼくはいつのまにか大事にしている。  りゅうへいは例外にしても、彼女以外の人がぼくの隣にいるとき、きっとぼくは違和感を感じる。そんなことは滅多にないので要らぬ心配なのだけれど。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加