何事も。

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 それにしても、彼女の言っているぼくの様子はまるでいつものりんねだ。  無意識に真似ているのかもしれない。相手より有利に立とうとするりんねのことを。そうすれば、ぼくが弱くなっているように、彼女も弱くなると思い込んでいたのかもしれない。 「そう見えるならそうなのかもね。確かに気分が悪いよ。君のことがよくわからないからね」  強く言うと、彼女は意味がわからないと言うように首をかしげた。それでいい。理解されないぐらいが、ぼくの言葉には相応しい。  それ以上言葉を繋げずに彼女の前に出る。  彼女が何も言おうとしないのなら、この場でもう会話は成り立たない。  ぼくから話すつもりはない。彼女に弁解の隙を与えないためか、それは自分でもわからない。 ぼくは進む。例えすれ違いざまの君が今にも泣きそうだったとしても。  精神落ち着かせタイムというか、そういうものに陥る瞬間は決まってりんねに対して強くなれた時の後だ。 「はぁ・・・」  後悔というよりも、自分を落ち着かせるための時間。だから、不安というよりも安堵。自分が自分を忘れなかったことへの安堵が先に来る。我を失ってしまった瞬間ほど怖いものはない。りんねを気づつけてしまっている自分を理解できていないのが一番に怖いのだ。  机の上には課題。ぼくらの数学の教科担当の教師は、どうも生徒に課題を出すことを楽しみにしている傾向がある。  他の教師は長期休暇中の課題を作ることでさえ億劫そうにしているのに、あの人は少しの暇を見つけると作りたがる。  ぼくはあの癖がみんなに嫌がられる所以だと思っている。いや、ぼくだけじゃない。みんな理解している。 「ゆうたー、ご飯できたよ」  ドアからひょこりと顔を出す母。匂いでわかった、今日はずばりカレーだ。 「すぐ行く」  軽く返事をすると、素早く頭を引っ込めた。相当お腹が減っているらしい。遠くで腹の虫が鳴いている・・・。  実を言うとぼくはあまりお腹をすかせていない。食べることには変わりないけど、気乗りはしない。運動という運動をしていないせいかもしれない。  すぐ、と言ったからにはそんなにぼーっとしている暇はなく、すぐに母の待つリビングへと急ぐ。
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