2511人が本棚に入れています
本棚に追加
國枝が連れ戻ってきた彼は酷く憔悴していた。目の焦点も合わず頭を抱え込みブツブツと何かを呟いている。………何て事だ、何て事だ!!!!
俺は堪らず國枝を殴った。
「貴様ふざけるなよ!!何のために貴様を雇ったと思っているんだッ!?言ったよな「広太は無事だ、あの男はそうそう事には及ばない」って!!!!それがなんだこの有様は!!?!!」
隆一郎の怒りは凄まじかった。だが、それとは対照的に國枝は酷く落ち着いていた。この有様が広太が乱暴されたから起こった訳ではないと分かっているからだ。國枝が部屋に入った時、広太はベットに寝かされていた。ただ、寝かされていただけ。服は今朝お見掛けした時と変わらず、一切の乱れはなかったのだ。
「お言葉ですが、私が救出に出向いた時には既にこの状態でした………そして、これは恐らくですが………広太様のこの状態は旦那様の仕業ではないでしょう」
「どう考えてもあの男の仕業だろう!!!!きっと薬か何かを盛ったんだ!!!!!」
そうなんだよなぁーー………。國枝は殴られていない方の頬に手を当て考えるポーズを取る。………きっと、旦那様の仕業なのだろうけど、間接的であって直接の原因じゃない気がするんだよなぁ、これ。
広太の様子は明らかなストレス性の物だった。これは数多の汚れ仕事をこなしてきた國枝だからこそ分かることだった。
人間辛い事が続けば頭の一つも抱えたくなるさ。
「………あの日は酷い空でしてね。ねずみ色の曇天は、まるで私の心を写す鏡の様に濁っていました」
急に語りだした國枝に、何事かと隆一郎は罵っていた口をつぐんだ。
「×月××日、広太様が消えました。屋敷では黒服による大規模な捜索が行われたんですけれど………山田家は部屋が数百はあります。それを軒下から屋根裏まで彼の行けそうな所は全て捜索しましたが、最後まで見つかる事はありませんでした。………それもその筈、かの広太様は屋敷の外に居たのです」
一人で行ける筈のない外に、ね。
ポエミーな口上から始まった語りに若干の苛立ちを覚えた隆一郎だが、話筋を聞くうちに事の詳細を把握するべきだと黙って聞いた。
「私調べでは、広太様が消える三十六日間の間、広太様はお部屋から一歩も外に出ておられません。それは西岡が食膳を部屋に運び入れる時の襖の隙間から広太様のお姿を目視で確認済みです」
目視?
「紳士は常に双眼鏡の一つや二つ懐に忍ばせているものです………さて、空白期間はお昼から夕方にかけての約六時間。我々の知らぬこの空白、この日に広太様の心境に“何か”が起きたのです。そしてその何かを知るのは」
西岡ただ一人なのです。
その言いぐさに隆一郎は少し眉根を寄せた。それではまるで西岡のせいで広太がこうなったみたいじゃないか。あいつの事は嫌いだが、今まで広太を守って世話を焼いていたのも間違いなく西岡その人だ。おれは國枝の推理に疑問を持つ。
「………少なくともあいつが傍にいれば、広太はこんな目には合わなかっただろう?」
「それは、どうでしょうね」
國枝はやれやれとでも言う様に手を大きく広げ首を振る。
「貴方は誤解しています。奴を過大評価しすぎだ」
「…………どういう意味だ」
「西岡にとってこの二日間は猶予期間とも言えます。旦那様による恩情と言ってもいい」
でなければ、あいつは今頃殺されていても何も可笑しくはないのです。
國枝のその言葉が何を指すのか隆一郎には分からなった。だが、西岡が親父に命を狙われる程の何かをしでかしたということだけは分かった。
………ヘリの着陸はもうすぐだ。
最初のコメントを投稿しよう!