指先から、君になる。

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――何でそんなことも出来ないの、って。そうやって叱られてばっかで、それで転職したから。……頭ごなしに怒らないで根気強く教えてくれるってだけでもう……啓は、神様みたいなもんだったんだよね。  顔立ちが好みだったかというと、多分そんなことはないと思う。イケメンでない、とは言わないが。大好きな少女漫画にあるように、誰が見ても振り向くようなご都合主義のアイドル系イケメン、には程遠いのが彼なのだった。眼鏡をかけているせいで地味めに見えてしまうのもあるのだろう。おまけに仕事を教える時以外は口数も少ないときている。俺全然モテたことないし、と彼は言っていた。実際その通りなのだろう。彼のことを詳しく知らない人間には、地味で暗くて味気ない、なんて印象を与えてしまいがちらしいから。  まあ、自分としては。余計なライバルがないというのは、大助かりなことではあったのだけど。 ――出来ない人に寄り添ってくれる、先生みたいな人。弱い人の気持ちがちゃんとわかる、優しい人。……だから私は、この人が好き。  ただ、時々不安になるのだ。肩に寄りかかられて、身動きされるたびドキリと心臓が跳ねさせながら、思う。  好きだと言ったのは私からで。  この人は私の“付き合ってくれますか”に“いいよ”と言ってくれただけなのである。啓の方は私のことをどう思っているのか、なんてちゃんと聞いたこともないわけで。  正直不安なのだ。こんなにいちいちドキドキしているのは私だけではないのか。付き合ってる、恋人同士の気持ちになって舞い上がっているのは私だけではないのか。相手のやることなすこと一喜一憂して、学生みたいにしょうもないはしゃぎ方をしているのだって本当は全部、私の方だけなのではないか――なんて。 ――やめてよ、もう。  無防備な顔でくっついてくる彼。シマウマを前にしたライオンの気持ち、ってこういうものなのかもしれない。男は狼なのよ、なんて誰かが歌っていたが。最近は女だって狼なのだ。気を付けなさい、はこっちの台詞。そんな顔して、勝手にキスされても知らないぞ――睫毛の長い目蓋が時折震えるのを見ながら。穏やかな寝顔を見つめて、私は欲の深いことばかり考えているのである。  いちゃいちゃしたくない、わけじゃない。  手を繋ぐのもキスをするのも、もっと言えば遥かに過激なことだってやっちゃいたいのだ、こっちは。
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