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ナズナと電鈴
初雪が、家々の屋根を白く光らせていた。溶けた雪が、雫となって庭先に響いている。まるで水琴窟のよう。雪の朝は静かで、また演奏会のように騒がしい。
玄関でインターフォンが鳴った。吉川は朝の支度をしている最中だった。
「愛美」眼鏡のレンズを拭き、髭の剃り残しを確認する。「悪いけど玄関に出てくれる?」
「パパ、宅配便だった」
玄関から戻ってきた愛美は洗面所に顔を出しそう言った。手には、掌サイズの小包を持っていた。
「差出人、古関小百合だって」
「古関小百合?」
「今日って、バレンタインデーだよね?」
「そうだね」一年ぶりに聞くその名前に、吉川は知らず作り笑いを浮かべていた。「それより愛美、髪乱れてるよ」
吉川はブラシで髪を梳かしてやった。吉川はその細い首を見ながら、もう11歳なのだと妙に感慨深い気持ちになった。
「ありがとう、パパ」
愛美は言い、弾けるように自分の部屋へ戻っていった。初雪の朝、早く登校したくてそわそわしているようだった。
襟を整えながら、小包を見る。ラベルには確かに古関小百合の名前があった。
「いってきまーす」ランドセルを背負った愛美は、滑るように玄関に向かった。「寒いからマフラーとかちゃんと付けてね。風邪引かないように」
「愛美も、変な人には付いていかないようにね」
吉川は玄関先で手を振る。軒先で、連弾を打つように雪の雫が弾けた。
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