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休憩中、北村がニヤつきながら吉川の方に近づいてきた。北村は吉川の肩を掴むと、内緒話をするように顔を寄せてきた。
「知ってる? 売店の牧子ちゃんと、渡部が付き合ってるんだって」
「いいんじゃない。結婚したら少子化が防げる」
噂好きの北村は社内に独自のネットワークを持っていた。そのお陰で彼の元には種種雑多な内緒話が集まった。
北村は言う。「彼女、良い子だけどちょっと変わってるよな。自分の事、名前呼びする女は大体そう」
「偏見だろ」
「俺の知り合いが、そんな女と付き合ってた」北村はそう言いながら、吉川の隣に陣取った。「そいつには婚約者が居たんだ。だけど、浮気相手もいてさ。結婚が決まってそいつは、浮気相手を切る事にした。相手は意外にも、それを鷹揚に受け入れた」
「できた女性じゃない」
「そう思うだろ?」北村はそう言い、声を潜めた。「時間が経って、結婚式当日になる。人生の門出だ。そこで式場に浮気相手から贈り物が届く。ブランド物のチョコレートと花が」
「それで?」
「男は甘いもの好きでさ、深く考えずにそのチョコを食べた。式が始まって少しして男の様子がおかしくなった。顔が腫れ、呼吸困難になった。それは、明らかなアレルギー反応だった」
「もしかして」
「そう、チョコレートにナッツオイルが仕込まれてた。男は重度のナッツアレルギーだったんだよ」
北村は一呼吸置き、それから続けた。
「浮気相手は許してなかったんだよ。彼女は待ってたんだ。最大のダメージを与えられる時を。それも一番のタイミングで」
「ホラーだな」
「お前も気を付けろ。女の心は海だぞ。言葉で何を言ってても本心なんか分からない」
北村は立ち上がりかけ、ふと思い出したように顔を近づけてきた。
「そういえば、ここだけの話、近い内に抜き打ちの薬物検査があるんだよ。引っかかればクビは確実だ。お前は大丈夫だよな?」
吉川は、苦かったクッキーの後味を思い出した。
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