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「ごめんね。折角の休みに」
吉川は、そう言いながら玄関で靴を履いた。
「仕方ないよ。お仕事なんでしょ?」
「すぐ帰ってくるから」
「いってらっしゃい」愛美はそう言い、吉川の首にマフラーを巻き、手袋を手渡してくれた。「お土産買ってきてね」
車で家を出て一時間ほど、パーキングに停めてそこからは徒歩で向かった。平日の水嗚駅周辺は閑散としていた。この駅には自社の電車の乗り入れもなく、吉川はこの近辺には疎かった。
電話が鳴り、吉川は携帯を手に取った。
「美由紀さん? 俺はもう着いたけど」
『そのまま、踏切の方に向かって』と、彼女は言った。
吉川は言われた通り、改札から少し歩いて数m先の踏切に向かった。丁度、遮断機が下り始め電鈴が辺りに響き渡った。
『妹の願いは、貴方と愛美ちゃん、三人で手を繋いで買い物に行く事だった。なんて小っちゃく、他愛もない夢だったんだろう』
枯れた下草、シマの柵は剥げて錆色が露出していた。電鈴の音が耳鳴りのように頭に響く。
『そこに、何が見える?』
踏切の手前、枯草の上にナズナの花束が置かれてあった。
『小百合の願いは叶えられたかしら』
携帯は突然切れた。吉川はナズナの花言葉を思い出す。
“貴方に私の全てを捧げます”。
携帯を持つ手に汗が滲んだ。吉川はアイボリーの革手袋を震える指で裏返す。
そこには、並んだ三つの星があった。
完
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