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吉川はリビングに移動し、小包を開けた。入っていたのはクッキーとラッピングされたアイボリーの皮手袋だった。
添えられた手紙にはこうあった。
“親愛なる豊さんへ。
もし良かったら受け取って。
愛美ちゃんへも愛を込めて”
お菓子は抹茶味のクッキーだった。苦味の効いた大人の味で、甘いものが苦手な吉川でも食べられる物だった。
古関小百合とは、一年前のバレンタインに別れた。出会った時、吉川はバツイチの三十三歳で、小百合は二十七歳だった。
出会いは漫画のようだった。当時コンタクトをしていた吉川は道を歩いていてレンズを落としてしまった。見つからず、もう諦めようとした時、近くを歩いていた小百合が探すのを手伝ってくれた。
それを切っ掛けにして二人は交際するようになった。
吉川は二十九歳の時に離婚をし、その時七歳になる娘がいた。週に一度の面会を、学校行事の際には会えない事を、小百合は理解してくれた。理解して支えようとしてくれた。
保育士をしていた小百合には良い所が沢山あった。お淑やかで純粋で、少女のように占いが好きだった。肌は雪のように白く、肌も滑らかで、汗ばむと麝香の匂いがした。腰辺り、そこにはオリオンのベルトのような三つの黒子があった。褥を共にする度、吉川は愛でるようにして、いつもその黒子を撫でていた。
彼女には双子の姉がいた。服飾関係に勤めていた彼女の姉、美由紀は折に触れ、吉川に手作りの小物やマフラー、レザーのキーケースをプレゼントしてくれた。
三人は良い関係を築いていた。吉川が交際を解消するまでは。
吉川はクッキーを一口齧る。それは、前に食べた時より苦く感じられた。良心の呵責のせいなのか、舌のせいなのかは吉川には分からなかった。
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