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二月の天気は穏やかだが、雪の残骸が街の其処此処に残っていた。空は快晴だが、吹き下ろしの風は真冬日のように冷たかった。
「パパ、ちゃんと暖かくして」愛美はそう言い、吉川の首にマフラーを巻いた。「あと、これも。折角くれたんだから」
そう言って手渡してきたのは、小百合がくれた手袋だった。生地は柔らかく、指の動きもスムーズで吉川の手のサイズにピッタリだった。
デパートを巡り、映画を見、小洒落たレストランで食事をした。街に赤い夕日が沈む頃、愛美は本屋の前で立ち止まった。
「寄っていい? 買いたい本があるの」
店で愛美が本を探している間、吉川は目的もなく店内を歩き回った。車やファッション雑誌。適当に歩いて辿り着いたのは実用書のコーナーだった。
色占い、風水、深層心理。吉川は誕生花の本を手に取る。1月17日の誕生花はナズナ。頁にはこう書いてあった。
“貴方に私の全てを捧げます”。
小百合らしいなと、思った。確かに彼女の性格をよく表したような言葉だった。本を置き、そこから離れようとした時、どこからか視線を感じた。振り返ってみたが、そこに人の姿はなかった。
夕暮れ、青くなった影法師が二人の前に長く伸びていた。
「今日は楽しかった?」吉川は言い、愛美に手を伸ばした。「いつも寂しい思いをさせてごめんね」
「いいよ。大丈夫」愛美は吉川の手を握った。「今日は楽しかった」
前方には、寄り添った二つの影法師があった。家路に帰る家族の影、それは幸せの象徴にも見えた。
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