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二月十四日の朝。
ダイニングテーブルの上には千円札一枚と「誠人へ。今年はチョコ用意できなかったから自分で買ってね。ごめんね」というメモが置かれていた。
母さんは父さんと僕のぶんのチョコを毎年欠かさず手作りしてくれていたのだが、今年はそんな余裕がないようだ。
小学校六年だった一昨年の夏に父さんが事故で他界してしまってから、母さんは仕事を始めて、夕飯こそ作ってくれるがそれ以外あまり料理をしなくなった。
忙しいのは分かる。
だけど、だからと言ってチョコの代わりに現金はなんだかちょっと違うでしょ。母さん。
もともとバレンタインに母さん以外の人からチョコなんて貰ったことのない僕にとっては、いくら自分の母親からだったと言っても、それは唯一のバレンタインチョコだったのにそれがついに現金になってしまったのだ。
しかも、千円うちの五百円はお弁当代なのでチョコ代は実質五百円しかない。
別にそこまでしてバレンタインでチョコを贈ろうとしなくてもいいのに。むしろその心遣いが逆に僕の事を不憫な境遇に追いやっているようにすら感じられる。
まるで今年も誰からもチョコを貰えないことを暗示しているようにさえ思えてしまうからだ。
あまりにも侘しいバレンタインの朝に僕は我慢できずに小さくため息を漏らし、置かれた千円札を機械的に財布の中へとおさめた。
中学になってから学校給食はなくなり、お弁当になったのだが母さんがお弁当を作ってくれたことは今まで一度もなかった。
一昨年の五月にあった小学校最後の運動会の日に作って来てくれた行楽弁当が最後の記憶だ。
その時はまだ父さんも生きていて小学校の校庭に広げられたシートの上に座り、三人で色とりどりのおかずが入ったお弁当を囲んで食べた。
何を話していたかなんてもう覚えていないけど、父さんも母さんも嬉しそうに笑っている記憶だけは未だに鮮明に覚えていた。
人生で一番幸せな時間だったと思う。
父さんはなんで僕たちをおいて死んでしまったんだ。
なんて罪もない父親をどうしても恨めしく思ってしまうのだった。
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