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「あれは、チョコの味見だもん!」
「今のもチョコ味見ですー」
そんな妙な言い合いをしつつ、山下さんは調理台にあるシンクで口の周りを水で洗い流すと、キッチンペーパーを一枚取り、それを顔の下半分を覆うように両手で押さえつけた。
俺はその様子を見て、同じ様に口の周りを洗い、両手で紙越しに頬の辺りを押さえていた山下さんに声をかけた。
「そのままにしてて」
「?」
水分を含んで透けたキッチンペーパー越しに浮かび上がった、赤みを帯びた彼女のくちびるに、素早く自分のくちびるを押し当てた後、顔を擦り付けるようにして首を左右に振った。
「ちょっと!」
こもった声で抗議する山下さんを尻目に、俺は窓から外へ抜け出した。
「紙一枚で二人分拭けて、エコだろ」
「なにその言い訳」
スパイクを穿き直して立ち上がると、山下さんは窓の近くに来ていた。
「伊藤くん、なんか変」
「だとしたら、山下さん、チョコになにか入れたんじゃない?」
また"山下さん"呼びに戻ってしまった。
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