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「ただいま~。」
返事がない。今日も妻は無言だ。
無言で玉ねぎを刻み続けている。
トントントントン....
いつからだろう?
オレが見えないのか?すぐそばにいるのに。※
「今日は~、ハンバーグ?そ、それとも、肉じゃがかな?」
トントントントン......ト。
包丁の動きが一瞬止まる。
次の瞬間ものすごい勢いで玉ねぎが刻まれる。
トトトトトトトトトトトト!!!
その顔はまるで般若のようだ。
わたしは思わずのけぞった。
会社では部下の手前、円満な家庭をアピールしてきた。
おかげで皆からは熱々部長などと呼ばれ、いい気分であった。
だがその実態は、柳田係長の家に負けず劣らずの冷え切った家庭なのだ。
あまりにも妻が私を無視するので、私は実は死んでいて、死んだことに気づいていない私の霊魂がこの家庭を彷徨っているのではないかと考えたことがある。
そういう映画を昔見たのだ。
試しに私は、風呂上がりにブリーフ1枚で妻の前で踊って見せたことがある。
そしたら、みなさん。驚いたことに妻は恐ろしい形相で私を睨みつけ、手元にあった蜜柑を投げつけてきたのです。
妻には私が見えている。見えたうえで無視している。
ほどなく夕食が運ばれてくる。
妻が作った料理は、何と大量の玉ねぎを鍋で煮込んだだけのものであった。
もちろん、ライスのおかわりは無料である。
妻の顔を見ると、先ほどの恐ろしい表情は消え失せていた。
変わりに能面のように無表情な妻と、向かい合わせで玉ねぎを食べる。
黙々と、黙々と・・・。
不意に妻が、バッグの中から箱を取り出した。
そして、静かに私の前に置いた。
「ま、まさか・・・。これは?」
今日は2月14日。私の血圧が上がる。
そして、涙が込み上げてきた。
みなさん、こんな嬉しいことがあるのでしょうか?
妻を愛し続けていて良かった。
そう、私の妻はツンデレなのです。
「開けていいかい?」
私は小さな箱を持ち上げる。
軽い・・・。
カサカサカサ。
中で何かが動く音がする。
こ、これはチョコではなく、何か生き物が入っている。
例えば昆虫のような・・・。
私はハッとする。
「毒蜘蛛だ!」
私は思わず箱を投げ落としてしまう。
無表情の妻の口元が、僅かにゆるんだような気がしたのは気のせいではない。
※X JAPAN「紅」の歌詞より引用しました。
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