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花燈籠《はなとうろう》祭
その後、奥さんから一軒の民宿を案内された。そこは老夫婦が二人で経営している、古民家風の民宿だった。客間である十畳半の和室の、黄色く変色した畳にごろんと寝転がり、しばしば微睡みながら日没を待った。
民宿から祭りの会場までは徒歩数分。夜の闇に包まれた小道を進んで行くと、オレンジ色の光の群集が次第に大きくなった。
祭りの会場である川原には既に多くの村人が集まっており、簡易的な舞台と幾つかの白いテントが設置されている。会場に行き着くと、すぐに幹太に声をかけられた。
「おじさん、やっぱり祭りに来たんだね」
彼の嬉しそうな顔に、胸の奥が少しくすぐったくなる。
「やあ。お母さんはテントの方だろうね」
「うん。今は花燈籠を配ってる。こっちだよ」
私は幹太に連れられ、テントの前に並んだ。テントの中では、奥さんが長机に置かれた二つのダンボールから、それぞれ小さな蝋燭と白い花型を渡している。私が受け取る時、奥さんはにっこりと笑って、「どうぞ楽しんでいってください」と言葉を添えてくれた。
川岸へ向かおうとした時に、幾人かの子どもの声が幹太を呼び止めた。どうやら学校の友達のようだ。幹太はすぐに彼等の許へ行こうとはせず、どことなく躊躇した様子だった。行っておいで、と私がそっと声をかけると、彼は何度か立ち止まり振り返りながら友達の所へ走って行った。
彼の背中を見送ってから、私は川岸の方へ向かった。岸には既に数十人が居り、各々が水面に火を灯した花燈籠を浮かべている。
私も彼等に倣い、花型に蝋燭を取り付けようとした……その時だった。
「お前さん、見かけん顔やな」
突然聞こえた低い嗄れ声に、私は思わず手を止める。
声のした方へ振り向くと、体格の良い高齢の男性が一人、私の右隣に立っていた。その人は眉を顰め、怪訝そうな顔つきで私を見て、問うた。
「村のもんかね」
「いえ、私は福岡県から来ました。三年前に亡くなった私の恋人がここの出身でして……本間千歳と言う者なのですが」
彼女の名を口にした途端、男性の両目がかっと見開かれた。
「千歳っちゃあ、あの可愛らしかった嬢ちゃんか! そうか、死んだんか……」
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