花燈籠《はなとうろう》祭

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「――千歳を、知っているのですか?」  私は驚いて男性に詰め寄った。男性は大きく頷いた。 「嬢ちゃんとは家が近所やったけん。本当に可愛らしい娘っ子やったにー……小学校を卒業すると同時に、遠くに引っ越しちしもうて。  ……死んだっちゃ、何か病気でも罹っちょったんか」 「いえ、その……」  私が視線を砂利に落とし何も言えずにいると、男性は長い溜息を吐いて、一言「……むげしねえのう」とだけ言った。  私は胸の詰まる思いがして暫く押し黙っていた。そしてふと、男性の両手が空いていることに気付いた。 「もう、燈籠は流されたのですね」 「ああ、今さっきしちきた。わしの婆さんの分じゃ……今年で十五年になる」  男性は川の方へと向き、流れる花燈籠に目を遣った。男性の横顔はその(しゃが)れ声に似合わず穏やかで、だからこそ果てしない愁いに満ちていた。 「毎年ここに来れば、婆さんに逢えるけん……よお笑うちょる婆さんにな」  愛しい人の、愛しい笑顔。この人は、それを見ることができるのだ。  しかし、私は……。 「私は、思い出せません」  だんだんと強くなる息苦しさの中で、私は絞り出すように言った。 「千歳の笑顔を、ずっと、どうしても思い出せないのです。泣き顔や、怒った顔や、辛そうな顔は思い出せるのに……あんなにも大切だったのに。  ――きっとこれは、罰なのかもしれませんね」  そうだ、この忘却は罰なのだ。『そこに居る』という当たり前の日常に胡坐をかいて、向き合うことを放棄した私への。  燈籠の光がとても清らかなものに思えて、私はできる限り水面だけを見るようにした。夜の闇に染まった川の水面には、私の顔は映らない。それでも私は今、ひどく歪んだ顔をしているのだろうということは分かった。
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