花燈籠

生者の使命、そして

「――なんか」男性が突然言った。その声には、少しばかり悔しさが滲んでいた。
「お前さんは、嬢ちゃんの色んな顔を知っちょんじゃねーか」
「……え？」
「わしはなあ、一緒になってこの方、婆さんの笑うちょる顔しか知らん。見たことがねえ。どんなことも、あいつは全部笑顔で耐え忍んじょったけん……。ガキ共はおろか、わしの前でも涙ひとつ流さんかった……今思えば、ずっと無理させちょったんよなあ。
　甘えさせちゃれんかった。甘えさせちゃろうと思いよったら……もう遅かった」
　男性の方に視線をやると、相変わらず花燈籠を眺めている。その静かな横顔に、掠れた声に潜むどうしようもない後悔の念に当てられ、私は何も言えなかった。
「せめて、せめて元気にやっちょることを分からせて、あいつに心配をかけんようにするんが、あいつへの恩返しっち思うちょる」
「恩返し……ですか」
「ああ、わしらは生きんといけん。全部背負って、しっかり生きんといけん。生きることから逃げちゃあならん……死んじまったもんの分までな」
　それが生きている者に課せられた使命だと、男性は言った。そして、最後に小さく唇を動かして、そのまま去っていった。
　蒸し暑い夏の夜の空気に溶けて消えたのは、きっと彼の愛した女性の名前だ。
　――あの人はきっと、私によく似ていた。正反対のようで、極めて私と近しかった。
　一人川原に残された私は、私の許に置き去りにされた哀しみを持て余し、ただ男性の去った方を向いて突っ立っていた。