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どれほどの時間が経ったのか。私は急に本来の目的を思い出し、花形に蝋燭を付けて、ジャケットからライターを取り出した。そして、蝋燭の芯に火を点けた。柔らかな杏子色の灯は僅かな風でひどく揺らめく。川に流せばすぐに消えてしまいそうな儚さだ。
私は緩慢な動作でしゃがみ、そっと花燈籠を流水の上に置いた。それは穏やかな水の流れをしっかりと掴み、私の視界から左へと流れていく。
数十もの光の花が川を流れる様はまさに幽玄だった。烏羽玉の空を映した水面に、静かに、温かく放たれる無数の光が揺らめき滲む。
――ふと、川の中に人影が一つ、うっそりと浮かんでいるのを発見した。
それは輪郭が淡くぼやけていて、不明瞭で不確かな存在だった。目を凝らし、その顔貌を認めた時、私は愕然とした。
「……ちとせ?」
心の声が本当の言葉となり、私の唇を震わせた。その人影はまさしく千歳であった。私が心から求めて止まない「彼女」であった。
――花燈籠は村人にとって、個人を偲ぶよすがなんです。
昼間に聴いた奥さんの言葉が、頭の中で木霊する。
――自らの手で供養した魂が、故人の形をして燈籠の灯より現れる。ゆらゆらと立ちのぼり、縁者の前に姿を見せては、消える……まるで陽炎のように。
まさか……いや、信じていなかった訳ではなかったが、本当にこんなことがあるのか。
私は戸惑った。しかし次の瞬間にはもう、そんな現実主義的な思考は無意味だと理解した。
私の体が、魂が、この目の前の存在は確かに「千歳」であると告げていた。
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