4人が本棚に入れています
本棚に追加
ぽうっと花燈籠の灯の光が立ち上ぼり、彼女の周りを明るく染めていく。同時にその姿はゆらゆらと大きく揺らめいて、夜の闇と杏子色の光の狭間に溶け、消えてしまった。
途端に今まで感じなかった人の気配や姿、ざわめきが現実として戻ってきた。
「おじさん、おじさん」と繰り返される高い子どもの声と、腕を掴まれる感覚に、私はハッと正気に戻る。見ればいつの間にか幹太が私の傍に立ち、心配そうに私を見上げていた。
「おじさん、大丈夫?」
聞けば、私は暫くの間川の前で棒立ちになっていたらしい。声をかけようと腕を掴もうとまるで反応がなく、少年は言い知れぬ恐怖を感じたようだ。
心配をかけてすまない、と努めて優しく言い笑顔を向けると、彼の不安は解れたように見えた。
幹太は人懐こい笑みを浮かべ、弾かれたように「あっちでうどん食べよう」と言い出した。私は瞬きを二三回した。
「オレ達も後で燈籠流しするんだけど、母ちゃんまだかかりそうだから。先に食べてろって言われたんだ」
「……私も、良いのかい?」
「うん。一緒に食べたほうが美味しいよ」
ほらあっち、と幹太は私の腕を引っ張って促した。
途中、数人の村人と話していた奥さんとふと目が合った。奥さんは私と幹太を見て、ふふっと口許を綻ばせて頷いた。会釈を返した時、私はこの親子に対する穏やかな感情が、荒涼としていた私の心に慈雨のごとく降り注がれていくのを感じた。
うどんを受け取ると、私達は人混みから離れ適当な場所に座った。幹太と二人で食べたうどんは、出汁がとてもまろやかで、五臓六腑に沁み渡る思いだった。
最初のコメントを投稿しよう!