別れの朝

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 不意に昨夜の千歳の顔が脳裏に浮かぶ。あの陽炎のように淡いひと時の逢瀬で、彼女は最後、微笑んでくれた。あれは幻だったのだろうか……いや、それはさして重要ではない。  もし……もしも彼女が死の直前、私と同じ状態だったのなら。知らず知らずのうちに死への願望が首をもたげ、自覚のないうちにベランダへと吸い寄せられていたとしたら。  ――彼女は、本当は「死のう」という明確な意志を持って死んだ訳ではないのではないか。  もう真実を知ることはかなわない、だがもしそうだとしたら私の言葉は、彼女を愛しいと想う本当の気持ちは、あの時ちゃんと届いたのではないか。私が幹太に救われたように、私の心を受け取ってくれた。  あの微笑みをそう考えるのは、あまりにも自惚れが過ぎるだろうか。  ――間もなく二番乗り場に電車が到着致します、と駅員のアナウンスが響く。そろそろホームに行かなければならない。二人ともここでお別れだ。  私は幹太の頭から手を離し、二人に対して深く頭を下げた。 「何から何までお世話になりました。本当に、本当にありがとうございました」 「また来年もいらしてください」  口許に笑みを湛え、奥さんが言う。 「絶対来てね。今度は一緒にザリガニ釣りしよう」  目を潤ませて、幹太が言う。  私は二人の顔を見て、「はい」と大きく頷いた。  ――来年もきっと、夏の盛りに、私はここへ来るのだろう。幹太に、奥さんに……そして、千歳に逢いに。  再会を確信し、もう一度深く一礼する。  二人の視線を感じながら改札口を通ると、私はホームに停まる電車へと駆け込んだ。
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