少年と私

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「津留江に?」  少年は大きな目を丸くして私を凝視した。普段から訪問者の少ない村のようだ。どうしてあんな所に、とでも言いたげな顔である。君は津留江村の子かいと尋ねれば、そうだと返ってきた。 「分かった、花燈籠(はなとうろう)を見に来たんだ」  少年の声の調子が上がる。合点の言った様子の彼とは対照的に、私にはてんで見当がつかない。上手く返事ができないでいると、それを否定と見受けたらしい。じゃあ何で、と首をかしげる子どもに、私は口をもごつかせた。 「……私の恋人だった人がね、津留江村の出身だったんだ」  喉頸(のどくび)を締め上げられるような息苦しさの中で、ようやく言葉を絞り出した。これが私には精一杯の答えであった。 「別れたの」と発した直後、少年がはたと決まりの悪そうに俯いた。  私は口角を弱々しく上げ、逆に少年に聞き返した。 「君は一人でお使いかい」 「うん。今日のお祭りで振る舞ううどんの、足りない材料を買って来いって、母ちゃんが」  少年は今にも裂けんばかりのビニール袋を私の前にかざした。偉いねと褒めてやれば、当たり前だオレはもう五年生だもん、と得意そうに笑ってみせた。  そこで私は、ひょっと脳裏に(よぎ)った質問を、彼にぶつけて見ることにした。 「ねぇ、『かぎろい川』って知ってるかい」 「『かぎろい川』? いや……」  少年は眉間に皺を寄せうんうんと唸ったが、分からないようだ。胸の内の落胆を悟られまいと、自ずと口角筋が力んだ。  「かぎろい川」は、この当てのない旅で私が唯一立ち寄ると決めた場所であった。遠い昔、「彼女」から教えてもらった、津留江村に流れる青き水流。しかし探しても探しても、その川の名は見つからないのだ。そして今、村の子どもに尋ねても知らないという。  実在しない川なのか……小さく息を吐いた、その時。 「母ちゃんなら知ってるかも」と、少年が名案を思いついたとばかりに声を張った。
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