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「警察からは、事故か自殺かは不明だと言われましたが、私は自殺で間違いないと確信しております。何かずっと思い悩んで、独りでいつも泣いている様子でしたから。それを分かっていながら、私は彼女から逃げ続けた。
見寄のない彼女の葬儀は実に質素なものでした。涙は出ませんでした。彼女を埋葬して、誰もいなくなった部屋で過ごしても……それでも涙は出ませんでした」
指環をどうしようか……彼女が死んで、最初に浮かんだことがそれだった。ゴミ出しの日はいつだったか、朝飯の味噌汁はどう作れば良かったか……あまりにも突飛な現実が、私の心を哀しみから置き去りにしたのだ。
「私が彼女を殺したのです」
唇から零れ出た言葉は刃となり、私の心臓に突き刺さる。まさにその通りだ。私の優柔さが彼女を追い詰めた。彼女は私の怠惰の為に死んだのだ。
「私が、彼女を殺したのです」
今度はハッキリとした意志を持って口にした。再び目頭が熱くなった。
「ここは、津留江村は彼女の故郷。『かぎろい川』は、彼女が子ども時代によく遊んだ思い出の地。私と共に訪れたいと、生前彼女は何度も何度も……死ぬ数日前だって……」
私は言葉を続けることができなかった。 座り込んだ叢の中、手をついたすぐ側に吾亦紅が咲いている。視界に滲む濃い紅に、あの日流れ出た生命が重なった。
「ただ、ただ私は彼女に逢いたかった。ここに来ればもう一度逢える……彼女がここで待っていてくれているような、そんな気がして」
――そうして今に至るのです、と私は目許の腫れた情けない面を奥さんに向けた。
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