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少年と私
鬱蒼と生い茂る草木の間を這うようにして、電車はかれこれ一時間ほど走り続けている。
山間に敷かれた線路は頼りなく迂曲を繰り返し、果ては未だ見えそうにない。窓を開き新鮮な空気でも吸えたら良いのだが、少々緑が近すぎるらしい。規則的な振動音も、既に十分な睡眠を得た体には効力を失う。
結局見栄えのしない風景を車窓から眺め、私はどうにか徒然を慰めるという次第であった。
嗄れ声の車掌が車内放送で駅名を告げる。間もなくして、電車が徐に止まった。山中にしては中々立派な造りをした駅だ。確か、麓にそれなりの町があると聞いた。だからなのか、元より少なかった乗客の殆どがホームに降りてしまった。
時間調整の為暫く停車いたします、と訛りの強いアナウンスががらんどうの車内に浸みる。開け放たれたドアから聞こえていたざわめきが消えていく。
水鏡のような時を湛えた空間で、私は一人出発の刻を待った。
しかしその静寂は、ほんのひと滴によって実にあっけなく破られた。
電車が動き出すかという頃になって、少年が一人乗り込んできたのだ。小学校高学年くらいだろうか、肌の黒い坊主頭の少年は重たそうなビニール袋を提げて、私の向かいの席に座った。
ドアが閉まり、重厚な音を立てて電車は駅を発った。次の駅を過ぎると、津留江という村に着く。そこが電車の終着点、私の目的地。
長いトンネルに差し掛かると、車内は一気に暗くなった。私は特にすることもないので、オレンジ色のライトが点滅する窓の向こうの暗闇を何気なく眺めた。すると、ふとガラス越しに少年と目が合った。
私が前方へと顔を向け直すと、少年はおずおずと会釈をする。存外礼儀正しい子だ。感心しながら会釈を返したその時、アナウンスが流れほどなく停車した。どうやら無人駅のようだ。
先のそれとは随分な違いだと惚けていると、「おじさん」と呼ぶ声に不意を食われた。
声の主は目の前の少年だった。
「おじさん、降りないの」
子どもらしい好奇心と緊張感を含んだ声音で、少年は問いかける。そうか、私もおじさんと言われる歳になったのか……そう考えると、胸の内が僅かに軋んだ。
「降りないよ」私は苦笑して答えた。
「私は津留江村に行くんだ」
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