1人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
つとむの悩み
「いってきます」
いつもより、心無しか声が暗いかな。自分でも何となくわかる。
「いってらっしゃい! 帰りが遅くなるようなら連絡するのよ」
母は今日も元気だ。
朝イチ、バレンタインのプレゼントと言って有名ブランドのハンカチをくれた。
母親からのバレンタインプレゼントなんてもう照れるけど、4月から高校3年生になるのだから大人っぽいハンカチは嬉しい。
今日が世でいうバレンタインという日だ。
男にとって、一年のうちで2月14日ほど落ち着かない日は無い。
僕は重い足取りで自転車に乗り、15分程でたどり着く高校へと向かう。
家の側を通る国道には、既に同じ学校の制服を着た生徒が数人見える。学年は違うけど、ほとんどが知った顔だ。
「いってぇ」
風が強く吹く橋の上で砂が目に入る。今日の北風はいつにも増して冷たい。
「グッモーニンつとむー!」
弘樹は同じクラスのお調子者だ。背が高く、いわゆる細マッチョで女子からも人気があるらしい。
「おー弘樹、おはよう。てかお前、こんな寒いのにブレザー着てないとかアホちゃう?」
歩道から落ちないよう気を付けながら、後ろを振り向き弘樹を一瞥する。
白いワイシャツを腕まくりまでして・・・・・・平熱高すぎかよ。
「今日の俺はメラメラと燃えてんだよ! レンと俺でチョコの数を競ってさー! ぜってーサーティーワン奢らせてやる!」
自転車に乗っている者同士の会話は、叫ぶかのように大声になる。
真冬にアイスかよ! って、言おうとしたけど面倒でやめた。
「オメーら、ちんたら歩道走ってんじゃねえよー」
噂のレンが、車道を軽快に走り僕たちを追い抜く。毛先をワックスで整えた黒髪がなびく。
「どわ!レン!コノヤロー!」ひろきもレンに続き、車道に出てペダルを漕ぐスピードを上げる。
「つとむ、後でな!お前も頑張れよ!」
「うっせー!」
頑張れって言われたって。僕はチョコと無縁の男だ。気が重い。
最初のコメントを投稿しよう!