4人が本棚に入れています
本棚に追加
「安心しろ。誰一人とて、逃がさない」
優しい金目が見られたのは一瞬。
指揮者が棒を振れば、葬送曲が奏でられて行く。
昂った音を鳴らす楽器も、喚き立てる楽器も、
死に物狂いで暴れる楽器も、その手にかかれば自由自在。
音が鳴り止むまで激しく、時には気楽に。
観客など誰一人として居ないのに、生き生きとしながら奏で続けられるそれは、夜闇を虚に包み込んだ。
血の池に溺れ、横たわる楽器の残骸。
全てが終わった、かのように思われた。刹那、
「い゛、命だけはっ……頼むっ……」
神に祈るような弱々しい音が彼の耳を掠めた。
何て、哀れな響きなのだろう。指揮棒はもう、動いてないと言うのに。
「死神の正体を知ったんだろ?」
怒気を孕んだ視線が男に降り掛かる。
けれど、男がそれに気付く筈もないのだ。
だって、彼は優しく微笑むだけなのだから。
「、あの女の事かっ……つ、月之宮――「言わせるか」
走らせた言葉が命取り。
びちゃり。血飛沫が彼を無惨に襲う。
真っ二つに割られた頭を見、滴る溜息。それが安堵故なのか、はたまた空虚故なのか。
煮え切らない感情が蟠り、心身にどしりと伸し掛かるのだ。
それでも、心に抱く彼女を想えば心地が良い。
血溜まりの匂いが充満した所で、死神がくれる幸福に勝るものなど彼には無く。
握り締めたロケット。それは短い葬送曲が終わった合図だ。
「闇底で眠れ……」
紅蓮の死神の名のもとに。
優しい天魔が囁くように吐いたそれを、死神自身が知る事はない。
……END……
最初のコメントを投稿しよう!