Ⅳ. 第3話 王室ウィスキーとウォッカとママ(*)

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 スナック『クリスタル・ローズ』では、相変わらず、美味くはない水割りか、またはハイボールばかりが売れるが、蓮華に会いにくる男性客も少しずつ増え、「ロイヤルハウス・ホールド」を飲む例の客が、蓮華の前に座ることが増えた時だった。  蓮華は、突然解雇された。ママからのLINEで一言、「悪いけど、もう来なくて大丈夫だから」と。  何か粗相があったのかと理由を尋ねても、「人手は足りたから」という返事だけだった。  夕方、これまでの給料を受け取りに行くと、チーママのひとりから封筒を手渡された。「蓮華ちゃんがいてくれて楽しかったし、お客さんも楽しそうだったのに残念だわ」と溜め息を吐いていた。  蓮華自身、様々な客と話をするのは楽しかった。やさぐれた酒に付き合うこともあったが共感は出来た。どんな話でも興味深く思えていた矢先であった。  その後は女性社長の経営する音楽事務所で働き、週に二回、別のスナックでも働いていたある日、優から呼び出された。  帰りに、みなとみらい線馬車道駅で落ち合い、歩きながら話した。 「仲間内から聞いた話だけどね、蓮ちゃんが最初に勤めてた『クリスタル・ローズ』、閉店したんだって」 「え? そうなの?」 「どうやら、ママは独身の中年男性客と不倫関係で、その客を若いチーママに取られそうになると思うと、次々クビにしてたらしい」  蓮華には見当がついた。あのロイヤルハウス・ホールドの客だろう。でなければ、あのような高級ウィスキーを価値もわからずに仕入れようとは思わないだろう、と。
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