ある男性客:「ファジーネーブル」(*)

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 月に1度だけ、定時か、ちょっと過ぎた頃に上がってもいいと、俺が自分で決めている日があった。  金曜日に限らず、だ。  もちろん、ゴールデンウィークのように連休の多い月や残業シーズン、月末などの仕事が詰まっている時は遠慮しているが。  そんなにバリバリ仕事をこなすわけでもなく、大きなお金を動かすような仕事をしているわけではないが、これでも働いている。ささやかな楽しみがあってもいいだろう。  新宿。会社の近くにある小さなバーというか、ジャズ・バー? ジャズ・スポット? というのか、とにかく、最近はそこによく行く。  別に、ジャズは詳しくない。演奏を聴きに行きたいわけでもない。そのバーでも演奏のない静かな日を狙って行っている。  眼鏡をかけた髭のマスターは、俺と同じ40代半ばくらいか。  チョイ悪に見えるが、目はやさしい。  マスターは、気楽さを出そうと「時々」という意味で店の名前を付けたそうだが、調べてみると、「酒+Something」がヨーロッパ版カクテルの始まりだとわかり、意外とアリだった、と笑いながら話してくれたことがあった。  気さくに、仕事の愚痴も聞いてくれる。  カクテルは時々目分量で作っているが、美味しいから別に構わない。こっちもそんなに詳しくないし、そのくらいの方が気軽でいいと思ってしまう方だ。
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