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「お母さん、行ってくるね。」
家に帰って身体を流した後、僕は家を出た。
お母さんは僕を働き過ぎだと心配して僕の好きなシチューでも作ろうとしてくれていたけど、薬がない分せめて寝ていてもらった。
「ありがとう、貴方はとても優しいわね。いつもごめんね。」
そう言われて時、一瞬泣き崩れてしまいそうだった。
このまま何もかも投げ捨てて、ずっと家の中で暮らせたらどれだけ幸せだろうかってことは、正直今も考えている。
でも行かなくちゃいけないから。
「.........ここがS地区。」
“S”とだけ記された看板の向こう側を見据える。
ここから先は特にマフィアが沢山いて、人が道端で死んでも助けてくれないような荒れ果てた地区。
そして男達が指定してきた建物もその中にある。
「...........。」
死にたくはない。
だけど、死ぬ覚悟はできたから。
僕は意を決して足を踏み入れた。
行きかう人々、飛び交う喧騒。
中に入ってみると想像していたようなソレとは少し違っていて、悪が蔓延るというような感じではなく、大体は他の地区と何ら変わらないものだった。
??全員がなんらかの武装をしている事を除けば。
その僅かな違いにぐっと息を飲む。
想像とは違えどもやはりここはS地区という場所には変わりない。
こんな見ずぼらしく、弱々しい奴なんか、格好の餌食だって事は重々承知している。
「早くこれを届けに......」
その時だった。
ふと地面に藍色のハンカチが落ちていた。
見たところ落とされて間もない物らしい。
誰かが落としたのだろうかと前方に目をやると、そこには黒髪の、軍服姿の男性の背中が歩いていた。
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