短編

1/2
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ

短編

 温かいパンに挟まったパリパリのソーセージに、歯ごたえのある新鮮な野菜。そこにたれそうなほどかけてあるケチャップ。  記録で見たことのあるそれらの模造品を、彼女は笑顔で頬張る。開店前とはいえ人がそこそこ通っている往来で見事な一口だ。 「うん、美味である!」  その一部始終を見守っていた通行人の一人だった僕は、心底呆れつつ感心した声を出してしまった。 「よくそんな化石みたいなものを食べるね」 「ご機嫌麗しゅう、スティール」 「おはよう、エルダ」  返す僕に、彼女、エルダは、次のひと口を頬張る。他人のふりをすればよかっただろうかとよぎりながらも、声をかけてしまったので横に並んだ。  どうせ旧文明のなごりを残した通りには、彼女と同じ趣味の悪い懐古主義者か、僕みたいなはぐれ者しか歩いていない。誰も彼女の奇行をとがめたりしないだろう。  僕は保温機能もない骨董品のコートをきつく押さえる。 「食品を合わせてとらないといけないだなんて、旧文明は非効率にもほどがある」 「これがいいんじゃないか。複数の食材をあわせることによるハーモニー。愛すべき文化だ」  彼女はご満悦そうに三口目を食む。実際はすべて同じ材料でできているので、味は一種類しかない。  そして彼女はそれを、「おいしい」と感じることもできないのだ。  人類は進化した。  永遠の冬に閉ざされた氷河期の到来によって。それはスクールに入って一番最初に学ぶことだった。  百年前、戦争による兵器の使用で様々な天変地異が起きた。地球の気温は著しく下がり、平均気温は氷点下まで低下。生態系の壊滅と資源の枯渇により、旧人類は一時絶滅寸前まで追いやられた。  その後、わずかに残った研究機関により、遺伝子配合による強靭な身体を持つ人類と、量産可能な単一の高栄養食品が開発される。この二つによって、人類は再び地球に適合した。  現在は研究機関と開発機関が併設されたシティのなかで、人類は安定的に生産され続けている。僕とエルダは同じロットで生産された幼馴染というやつだ。  そして、人類は進化すると同時に、不要な機能を失った。その一つが「味覚」である。  この世界に食材は一つしかない。そのため、味で口に入れるべきものを選り分ける能力は必要ないのだ。  彼女の食事は完全なる欺瞞であり、意味などありはしなかった。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!