僕らが思い出すその日のために

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 受験直前の高校三年生だ。細かいニュアンスはさておき「あなたの笑顔で毎日が楽しい、テスト頑張って、いつもあなたを思ってます」って伝えようとしていることは分かる。受験勉強のお陰だ。  そう、俺達は受験生だと気が付いて現実に引き戻された。  センター試験も終わり、もうすぐ二次試験。ほとんどの生徒が近隣県の国公立大学を志望するこのクラスにとっては、今の時期はバレンタインより受験の方が優先事項だった。    でもこれって本当にラブレターなのか? わざわざ英語で書く必然性がわからない。K.I.のイニシャルがあるけれど、うちのクラスでイから始まる名字の女子は今井真理だけで、Kじゃない。だとすると他のクラスの子?  混乱しながら視線をあげると、先に教室にきていた数人がニヤニヤしながらこっちを見ていた。 「入ってた?」  おいおい、人の机の中を見たのか? 一瞬自分でも表情に出たのが分かるくらいむっとした。 「 ラブレターだと思うよな、普通!」  何で知ってる、と抗議しかけたところで、一人が手を上げた。自分が手元で開いているのと同じカードがひらひらと揺れているのが見えて一気に力が抜けた。「何だよー、いたずらか。」  情けない声で文句を言っても、敦人が自分あてのバレンタインメッセージだと思って舞い上がり、それから落胆したのはあっさりとばれていた。話しかけた生徒もきっと同じ目にあったのだろう。  不満そうな顔で敦人がカードを上げて見せると、それを合図に残りの生徒達も同じものを見せてくれた。まさかそこにいた全員が持っているとは思っていなかった敦人は驚きを隠せない。 「このクラスにK.I.なんてイニシャルはいないだろ、誰だと思う?」 「つか、これなんなの?」  それが高校最後のバレンタインデーに三年C組で起こったささやかな事件の始まりだった。
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