24人が本棚に入れています
本棚に追加
ややあって、沈黙を破ったのは義明だった。
「…その提案、俺にメリットが何も見当たらないんですけど」
た、確かに。
このお願いは俺が一方的にメリットを貰うだけで、義明にメリットは何ひとつない。
というか、良く考えるまでもなく義明にはデメリットしかない。
メリットにはメリットを、ウィンウィンってやつにしないと、交渉は上手くいかないよな、そりゃ。
俺は合わせていた手を解くと、その場にばっと立ち上がって自分の胸をどーんと叩いた。
「わかった!じゃあピアノ練習させてもらう代わりに、俺が練習に来る時は義明に俺が飯作る!」
「え?」
予想もしていなかったのか、義明が素っ頓狂な声を出した。
俺の提案に桜さんもパンと手を叩いて、スツールから立ち上がる。
「それナイスアイディア!柴沢君放っておくとカップラーメンしか食べないから、栄養が偏りすぎなのよ」
「カップ麺だけ!?」
嘘だろ。
「義明、いつか栄養失調で死ぬぞ」
半目になって抗議すると、義明はうっと言葉に詰まって、「サプリは飲んでる」と言い訳しながら、わざとらしく視線を外した。
おいこら、ちゃんと食べないのはダメだ。
…かと言って、きっと上からがみがみ怒るような言い方をしたら、頑なになって難癖つけられかねない。
大事なのは俺のピアノの練習場を確保することだ。
ここはがつんと出ないで、下手から攻めてみよう。
「俺はこう見えて料理得意なんだ。来る時は義明の食べたいもの作るからさ。な、どうだろう?」
下から下から、お願いしているのはこっち。
優しい言葉で問いかけるようにしてみると、そっぽを向いていた義明が、ちらっと視線だけ俺に送って来た。
「…例えば?」
「クリームシチューでもコロッケでもから揚げでもサムゲタンでもローストビーフでも、何でも作るぞ。クックパッドがあれば俺は無敵だ」
「クリームシチュー…」
「幸太郎君、柴沢君がクリームシチューに食いついたわ!」
桜さんが小さい声で俺に告げて、義明に見えないようにガッツポーズをして見せる。
よし、このまま押すぞ!
「あとは手作りで1からミートソーススパゲッティも作るぞ、俺!」
明らかに義明の興味が増していくのが見て取れた。よし、あと少し!
「…ハンバーグは?」
向こうからリクエストきたー!!
「作れる!」
「…肉じゃがは?」
「作れる!」
「…エビチリは?」
「作れるぞ!」
全部に間髪入れずに即答すると、義明は俺に背を向けて、ZIPPOのキンと言う音を立てながら、煙草に火をつけた。
どうだ、ここまで役に立てるんだったら、条件は等価交換ってことになるんじゃ…。
「……わかった。飯作ってくれるなら、試験までは家に電子ピアノ置くこと…許可してやる」
「やったー!」
桜さんと俺と、大きな歓声を上げながら、お互い飛び上がってハイタッチをする。
拳をこつんとぶつけ合って、お互いに親指をぐっと立てた。
さぁ、これからが本番だ。
こうして、俺の遅めの受験ゲリラ戦が、激しく火蓋を切ったのである。
fin.
最初のコメントを投稿しよう!