そのあとのおまけ話

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ややあって、沈黙を破ったのは義明だった。 「…その提案、俺にメリットが何も見当たらないんですけど」 た、確かに。 このお願いは俺が一方的にメリットを貰うだけで、義明にメリットは何ひとつない。 というか、良く考えるまでもなく義明にはデメリットしかない。 メリットにはメリットを、ウィンウィンってやつにしないと、交渉は上手くいかないよな、そりゃ。 俺は合わせていた手を解くと、その場にばっと立ち上がって自分の胸をどーんと叩いた。 「わかった!じゃあピアノ練習させてもらう代わりに、俺が練習に来る時は義明に俺が飯作る!」 「え?」 予想もしていなかったのか、義明が素っ頓狂な声を出した。 俺の提案に桜さんもパンと手を叩いて、スツールから立ち上がる。 「それナイスアイディア!柴沢君放っておくとカップラーメンしか食べないから、栄養が偏りすぎなのよ」 「カップ麺だけ!?」 嘘だろ。 「義明、いつか栄養失調で死ぬぞ」 半目になって抗議すると、義明はうっと言葉に詰まって、「サプリは飲んでる」と言い訳しながら、わざとらしく視線を外した。 おいこら、ちゃんと食べないのはダメだ。 …かと言って、きっと上からがみがみ怒るような言い方をしたら、頑なになって難癖つけられかねない。 大事なのは俺のピアノの練習場を確保することだ。 ここはがつんと出ないで、下手から攻めてみよう。 「俺はこう見えて料理得意なんだ。来る時は義明の食べたいもの作るからさ。な、どうだろう?」 下から下から、お願いしているのはこっち。 優しい言葉で問いかけるようにしてみると、そっぽを向いていた義明が、ちらっと視線だけ俺に送って来た。 「…例えば?」 「クリームシチューでもコロッケでもから揚げでもサムゲタンでもローストビーフでも、何でも作るぞ。クックパッドがあれば俺は無敵だ」 「クリームシチュー…」 「幸太郎君、柴沢君がクリームシチューに食いついたわ!」 桜さんが小さい声で俺に告げて、義明に見えないようにガッツポーズをして見せる。 よし、このまま押すぞ! 「あとは手作りで1からミートソーススパゲッティも作るぞ、俺!」 明らかに義明の興味が増していくのが見て取れた。よし、あと少し! 「…ハンバーグは?」 向こうからリクエストきたー!! 「作れる!」 「…肉じゃがは?」 「作れる!」 「…エビチリは?」 「作れるぞ!」 全部に間髪入れずに即答すると、義明は俺に背を向けて、ZIPPOのキンと言う音を立てながら、煙草に火をつけた。 どうだ、ここまで役に立てるんだったら、条件は等価交換ってことになるんじゃ…。 「……わかった。飯作ってくれるなら、試験までは家に電子ピアノ置くこと…許可してやる」 「やったー!」 桜さんと俺と、大きな歓声を上げながら、お互い飛び上がってハイタッチをする。 拳をこつんとぶつけ合って、お互いに親指をぐっと立てた。 さぁ、これからが本番だ。 こうして、俺の遅めの受験ゲリラ戦が、激しく火蓋を切ったのである。 fin.
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