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「春が溶けたら、どうなるんだろう」
何の前置きもなく、彼は言った。
本当に何の前置きもなく、加えて、よく、いや、全く意味が分からなかった。
だが、彼女は特に驚くわけでも、呆れるでもなく、
「夏になるんじゃない?」
と、いつものように淡々と返した。
こんなのは慣れっこだ、とでもいうかのように、彼の顔も見ずに。
「雪が溶けたら、って言ったんじゃないよ」
「分かってるよ 春が溶けたら、でしょ?」
彼女の答えが不満だったらしく、彼はどこか不機嫌そうな声で反論した。
「でもさ、そもそも、春が溶けたら、なんて、言葉は悪いけど、可笑しな日本語だと思わない?」
彼女は相変わらず彼の顔を見ようとはせず、手に持っていた板チョコに目を向けず齧った。
手元を見ていなかったからか、板チョコは歪な形に割れてしまった。
しかし、彼女はそれも見てはいない。
「可笑しいかな」
「わたしが相手だから会話が成立してるけど、他の人だったら会話すら成り立たないと思う」
「そんなに?」
それは大げさすぎやしないか、と、彼は板チョコを噛み砕く彼女の横顔を横目で見た。
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