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〈遠山の金さん①〉
「だから困るんだよね」
江戸城の一室。
老中の苦言を、ここは黙って聞くしかない。そう遠山左衛門尉景元は思う。
「潜入捜査が悪いとは言ってないんだよ。そちらも捜査の都合があるだろから。でもね、貴殿の桜吹雪の刺青・・・。少なくとも奉行たるものが頻繁にみせちゃ駄目じゃない? もう江戸中のみんなが知ってるよ。遊び人の金さんが〈この桜吹雪が~〉と言って見せるの。〈あああれは北町奉行の遠山さまだ〉と、みんな言ってるのよね」
景元は疑う。
もしや詮議中の事件に老中自身がかかわっているやも知れぬ。その口封じなのか・・・。
景元は探りを入れた。
「拙者に何か苦情が寄せられたのでせうか」
「苦情じゃなくて職員の服装モラルの問題。例えばこの長裃。背中に〈A.YAZAWA〉と入ってたらやじゃない」
「幾らなんでも〈A.YAZAWA〉の時代では・・・」
火に油を注いでしまった。老中がまくしたてる。
「・・・どうせ拙者はその年代ですよ。じゃあこの髷が金髪でもいいの? 規律の問題でしょ。公務員が変な恰好すると、すぐ市民から苦情が来るし、マスコミもそれにのって叩くし。だいいち刺青だと公衆浴場に入れないでしょ」
やはり黙って聞くしかない。そう景元は決心する。
「判った? 次の裁きは刺青なし。得心してちょうだいね。何度も言うのいやだからね。最近は注意しただけでパワハラとか言われるんだから」
老中が去ったあと、景元は考える。
刺青が何故発覚したのか。いや次の裁きに刺青が使えぬとなると、証人なしで事を進めねばならぬ・・・。
どうする金さん。
②へ続く
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