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「おい、小娘」ニールが声を掛けた。「コンウェイさんがお待ちだ。二階の二〇三号室。右手の一番手前だ。さっさと行け。コンウェイさんは待たされるのが好きじゃない」
イダはうなずきもしなかった。ただ、そのまま進んで、ドアをくぐり、階段を昇った。俺はその背中を見送った。彼女がそうしないことは分かっていたけれど、振り向かないかと思っていた。不意に、腎臓の辺りを強く小突かれた。振り向くと、ニールのでかい顔があった。
「戦場だったら、今のでおまえは死んでる」
「ここは戦場じゃない」
「ぼぅっとしすぎなんだよ。戦場じゃなくても、今の世の中、何が起きてもおかしくはないんだからな。おまえのサバイバル能力は低すぎるんだよ、やせっぽち」
返事をするのも面倒になって、俺は中へ入った。後ろでニールが両開きの扉を閉めた。中は寒さがマシな分、外より湿気ていた。既に点された、切れかけの蛍光灯が低いうなりを上げていて、饐えた匂いが籠もっていた。汗というより、胃酸を思わせる匂いだった。立ち止まって、俺はまた階段の上を見た。
「あの小娘が気になるか」ニールが浮かべた薄笑いは下卑ていた。「ああいう乳臭いのが、おまえなんかにはお似合いかもな。今頃はコンウェイさんとお楽しみだ」
「商品だろう」
「商品だからさ。一度は、使い心地を試しておかないとな。的確な演出ができない」
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