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そうなってから、俺は冷え切ったカップの中身を干した。そうでなくても不味いコーヒーだった。立ち上がりざまに手を突くと、チェックのテーブルクロスがねちゃついた。思わずデニムの尻に掌をこすりつけた。そのままポケットから、俺は紙幣を引き出した。丸めて、カップの脇に放った。後も見ずに、桟橋の見える、汚いカフェを出た。扉のガラスに店主が映った。俺の残した金にさえ、彼は興味がなかった。
軒下を出ると、待ち構えていたように風が吹き付けた。冷たくて、ひどく乾いていた。潮臭くさえなければ、海沿いを吹く風には思えなかった。乾ドックの廃船から流れてくる油の匂いは、いつにも増して濃かった。海鳥が鳴きながら頭上を飛び抜けた。まるで断末魔の絶叫だった。俺は頸をすくめた。口から白い息が漏れた。自分がケトルになった気がするほど、それは猛然と噴き出て、空へ昇っていった。つられて、俺はそれを見上げた。
――ダイヤモンド、とあのコは言った。
要するに、息の中の水分が凍って、そのせいで白く見えるんでしょ? だったら、ダイヤモンドは無理でも、キラキラ光る、小さな結晶くらい、この中に浮かんでもおかしくない――そう思わない?
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