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「急ぐんじゃなかったの?」
俺はうなずいた。
「分かった」何が分かったのかは分からなかった。だから、尋ねた。「おまえのこと、なんて呼ぼう?」名前は? とは俺は訊かなかった。
「――イダ」わずかな沈黙の後に、〝イダ〟は答えた。
「分かった。……こっちだ。イダ」
「待って」
「ん?」
「あんたは?」
「ああ。俺か――アルって呼んでくれ」
「アル」
「なんだ?」
「呼んでみただけ」
通りの端で、助手席にイダを押し込み、俺はシェヴィを出した。ポンコツのスポーツカーは、不機嫌なエンジン音を響かせると、尻を蹴上げられた酔っ払いのように加速した。
「アル」
しばらくして、イダが言った。俺は横目で彼女を見た。やはりきれいなコだった。膚は浅黒く、髪は漆黒だった。瞳も漆黒で大きく、目そのものも大きかった。鼻は小ぶりで低かったけれど、鼻筋は通っていた。フードの下では酷薄に見えた唇は、固く結ばれることに慣れているだけで、案外と肉感的だった。ポンチョの下では相変わらず何かを、彼女は抱きしめていた。
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